医療倫理の四原則:序論

医療倫理の四原則について

 

医療関係者の多くはこの言葉をご存知だと思う。しかしながら、多くの諸氏にとって「なんて天下り的なんだ!」というのが、正直の感想だと思う。

自律尊重・無危害・善行・正義ーーそれぞれの意味はわかるものの、いったい全体どのようにしてこの原則が導き出されたのか?

 

そして、四分割表による事例検討を行ったことがある諸氏は、これらの原則が互いに衝突することをご存知かと思う。すなわち、対立しあう倫理原則がただ漫然と並べ立てられているだけに思われてしまう。

 

そこでこの四原則を少しでも身近に思えるようにするために、解釈の指針を簡潔に示しておこうと思う。それは以下の二点である:

1,医療倫理の四原則は、医療倫理学の歴史的な諸理論に基づいている。

2,医療倫理の四原則は、自律尊重の原則を最も重要な価値とした、「一応の」価値観の序列である。

 

以降簡単に補足する。まず、1について。

医療倫理の歴史は、ヒポクラテスの医の倫理から始まることは誰でも知っている。しかし、私が上で歴史と述べたのは、そうではなく、功利主義だとか、義務論、正義論といった規範倫理学の歴史的発展に裏付けられているということを主張したいがためである。

2については、現代的な用語を用いれば、インフォームド・コンセントの徹底こそが最重要課題であるというのが、倫理学徒の立場である、ということである。

 

なお、2の見解については異論も多いかと思う。すなわち、四原則はあくまで同等の価値観の列挙なのではないか、と。確かにそう解釈することもできる。しかし、私はそうは考えない。それぞれの原則には序列があると考えるのである。つまり自律尊重原則を頂点に据え、以下、無危害、善行、正義と続く、と考える。

 

四原則であったり、それに基づいた四分割表を用いてなされる議論は、医療倫理におけるケースカンファレンス(倫理カンファレンス)と呼ばれるが、ここでは医療者を中心としたメンバーが、個別具体的な事例について、様々な倫理的観点から検討を加え、足りない情報について確認しあったり、結論を支持する理由付けを行ったりする。

ここで注意したいのは、倫理カンファレンスによって必ずしも一義的に倫理的問題の結論がでるわけではないということである。四分割表はあくまで倫理的問題を検討するための手段であり、このような方法を用いることによって、倫理的な正当性が増してゆくということに意義がある。

生命医療倫理の始め方

生命倫理は、医学・生命科学と哲学・倫理学の複合分野であり、これを初めて学ぼうとするものは必ずと言って良いほど、この分野において必要とされる基礎知識をどのように手に入れるべきか、とまどうものであると思う。

 

すなわち、いわゆる我が国において理系と呼ばれる分野を専攻してきた諸兄においては、哲学などの人文系の知識を一から学ぶことを要求され、また一方では、応用倫理学を学習しようとする文系の人間にとっては、最先端の医学知識が必要とされる。生命倫理学を学ぶため、「哲学の知識がほしい」「医学知識がほしい」といった要望に対し、それを満たしてくれる書物は少ないと考えられる。

 

生命倫理学の分野では、これらの基礎知識を前提として、高度な議論が展開されているが、それらの議論の前提となる知識を手に入れるために、多くの者が独学で学べる参考文献を求めているように思う。

 

しかしながら、書店で目にする入門書の多くは、入門に過ぎ、また系統的であるがゆえに、生命倫理学の議論に必要でないような事項についても多くの時間を費やさなければならない。そして、多くの時間を費やせば費やすほど、得られた知識に対して生命倫理の議論に必要な知識があまりにも得られていないことに気づき、愕然とすることだと思う。一方で専門書ともなると、手にとる気すらおこらないと感じられるのも、至極最もであろう。

 

本稿は、そんな諸兄の要望に応じられるよう、生命倫理学の議論を行うのに特化した基礎知識を、自然科学・人文科学双方から補おうと考慮されたものである。

いわば、入門から生命倫理学を専門に学ぼうとする者のための橋渡しを担うのが、本稿である。